2026/01/13 (TUE)

チャプレンより聖書のことば

イエスがヘロデ王の時代にユダヤのベツレヘムでお生まれになったとき、東方の博士たちがエルサレムにやって来て、言った。「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。私たちは東方でその方の星を見たので、拝みに来たのです。」これを聞いて、ヘロデ王は不安を抱いた。エルサレムの人々も皆、同様であった。王は祭司長たちや民の律法学者たちを皆集めて、メシアはどこに生まれることになっているのかと問いただした。彼らは王に言った。「ユダヤのベツレヘムです。預言者がこう書いています。
『ユダの地、ベツレヘムよ
あなたはユダの指導者たちの中で決して最も小さな者ではない。
あなたから一人の指導者が現れ
私の民イスラエルの牧者となるからである。』」
そこで、ヘロデは博士たちをひそかに呼び寄せ、星の現れた時期を確かめた。そして、こう言ってベツレヘムへ送り出した。「行って、その子のことを詳しく調べ、見つかったら知らせてくれ。私も行って拝むから。」彼らが王の言葉を聞いて出かけると、東方で見た星が先立って進み、ついに幼子がいる場所の上に止まった。博士たちはその星を見て喜びに溢れた。家に入ってみると、幼子が母マリアと共におられた。彼らはひれ伏して幼子を拝み、宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた。
(マタイによる福音書第2章1~11節)

立教新座中学校・高等学校チャプレン 倉澤 一太郎
1月6日の顕現日は、生まれたばかりの幼子イエスを東方の博士たちが拝礼した出来事の記念日です。しかし初期の顕現日は博士たちの拝礼ではなく、ヨルダン川でのイエスの洗礼を記念する日でした。顕現日の名の由来であるギリシア語エピファネイアは新王即位後の初行幸を意味しており、古代の人々はイエスの洗礼をもって真の王がこの世に来られたと見做したのです。ですが、クリスマスの成立と共に顕現日はクリスマスシーズンを締めくくる日となり、東方の博士の拝礼を重視することに比重が移されます。

東方とは、後の時代になると人々の認識する「世界」の拡大と共にインドやアフリカにまで広がりますが、イエス時代の人にとってはヨルダン川の東くらいの感覚です。また星に導かれたことは夜間の旅を意味し、これは砂漠を旅する隊商のやり方であること、携えた黄金、乳香、没薬がアラビア半島の特産物であることから、アラブ系の人々であることが想像されます。賢者たちの拝礼は、アラビア人が先祖代々敵対関係にあったユダヤ人の土地を訪れ、ユダヤ人の新生児の誕生を共に祝った出来事を意味している訳です。

2026年の私たちでも、アラブ人とイスラエル人が共に食卓についてお祝いをすることはなかなか想像し難いことです。血で血を洗うような戦いが日常茶飯事だった古代においては平和の奇跡が起きたと言えますが、ここに神からのメッセージが込められています。いかに救い主でも誕生したばかりでは無力な乳児に過ぎません。平和の奇跡を成し遂げたのは神の導きに従い、人と人とを隔てる様々な壁を乗り越えた博士とベツレヘムの住民、人間が成し遂げた事です。

神は私たちに壁を乗り越えて出会い交わることを諦めるな。人間には出来るということを、人間の選択と行動によって実現させてくださったのです。
真の平和は人と人とを隔てるのではなく、出会い交わることから生まれます。

2026年1月13日

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