2026/07/06 (MON)

チャプレンより聖書のことば

さて、イエスは聖霊に満ちて、ヨルダン川から帰られた。そして、霊によって荒れ野に導かれ、四十日間、悪魔から試みを受けられた。その間、何も食べず、その期間が終わると空腹を覚えられた。そこで、悪魔はイエスに言った。「神の子なら、この石にパンになるよう命じたらどうだ。」イエスは、「『人はパンだけで生きるものではない』と書いてある」とお答えになった。
(ルカによる福音書第4章1~4節)

立教新座中学校・高等学校チャプレン 倉澤 一太郎
イエスは宣教活動を始めるに際し、悪魔から誘惑の試練を受けられました。空腹を満たすことや世界中の権力や財力を手にするなどの誘惑は個人的にも大変魅力的なもので、これらの誘惑を克服するのは容易なことではありませんが、誘惑が聖霊によって導かれたもの、すなわち神が用意した試練だとすれば、それらの誘惑は個人の枠を超えた課題であったとも考えられます。イエスがこの世に来られたのは人類を救済するための神からの派遣なので、誘惑も個人を超えた人類全体への誘惑、全人類的な課題となるからです。

当時の地中海世界は戦乱や飢饉に加え、ローマ帝国による重税から人々の日常生活は大変苦しいものでした。食糧を得るための奪い合いや殺し合いが頻発し、力のない者は餓死することを余儀なくされます。そんな状況を目の当たりにしているイエスに石をパンに変えることができれば飢えて死人はいなくなる。皆が満腹になれば食糧を奪うための争いもなくなり、人類救済実現のためにこれほど効率的かつ効果的な方法ないと囁いた訳です。個人の空腹を満たすのではなく、人類救済のために奇跡、神の力を使えとの誘惑は自身の空腹以上にイエスにとって大きな誘惑となったはずと想像されます。

現実において人間は必要な食糧を確保するため食糧生産の環境や技術を整備・発展させ続けており、最近は品種改良のために遺伝子操作まで用いるようになっています。古代人の目にはそれらは石をパンに変えるような魔法の類に映るかもしれません。ですが、そこまでしても食糧不足だと叫ぶ声が世界各地に満ちています。さらに最近では人間の都合を優先した結果の副作用として気候変動のために動植物の生存環境すら危険にさらされ、食糧生産に悪影響を生み出しています。試験やスポーツ競技の不正行為と同様、楽をして劇的な効果を得ようとした結果、状況をより悪化させたとも言えます。また大国とか先進国と呼ばれる諸国では毎日大量の食糧がゴミとして捨てられている現実もあります。余っている物を不足している人へ届けることができればどれだけの人が救われるか。多くの人々が気付いているのに食糧が行き渡らないのは何故でしょうか。「人はパンだけで生きるものではない」との言葉は、神が願う他者と分かち合い助け合う交わりを実践しなければ世界の食糧不足問題は解決しないと言われているのです。石をパンに変えるような安易な手段に頼らず、地味で時間がかかるかもしれないが全ての人の心を変えることこそ本当の解決方法だと示されたのです。僅かな方向転換でしかなくても、ずっと未来の到達点を大きくずらすことが私たちはできます。イエスが伝える神の言葉を信じ、実践する生き方を選ぶ人が話し合い協働してこそ世界を良い方向へ変えられます。不安や焦りに打ち克つ強い心を得て、何が本当に必要なことかを考え、実践することが私たちの未来を変えます。

2026年7月6日

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